「ネット裏」「応援」担当の役割
甲子園大会の運営で重要な役割を担っている本部委員(総務委員)22人は、「チーム付」「ネット裏」「応援」という3つの担当に分かれて活動しています。後編では、ネット裏担当、応援担当の仕事ぶりを紹介します。

グラウンドに目を凝らし異変を察知
「ネット裏」はキャップの福留和年さん(兵庫)ら4人が担当しています。試合中はバックネット裏の一塁側ベンチ寄りにある部屋に2人が、三塁側ベンチ脇の部屋にも1人が常駐し、グラウンドの様子に目を凝らします。
とりわけ注意深く観察しているのは、選手の動き。アキレス腱を伸ばす動作を繰り返していれば痙攣(けいれん)を引き起こすかもしれない、ふらつくような様子があれば体調不良ではないかと疑います。早めにチーム付担当にも連絡し、一塁側・三塁側それぞれのベンチ裏に控えている理学療法士に選手の状態をみてもらうよう伝えます。
ネット裏担当の役割について、福留さんは「試合運営の司令塔役です。試合がスムーズに流れていればよいのですが、いったんイレギュラーなことが起きると、途端に忙しくなる。瞬時に的確な判断をしなければならず、緊張する場面もあります」

医療スタッフや審判委員らと連携して
体調不良の症状やけがの程度が重い選手がでると、ベンチ裏には理学療法士のほか、ネット裏担当、チーム付担当、場合によっては医師も駆けつけ、プレーが続行できるかどうかを見極めます。試合を少しだけ中断する間に手当てできる場合、審判委員に状況を伝えて両チームの選手をベンチで待機させるなどの措置をとってもらい、球場のアナウンスも依頼します。また、脚などの痙攣が治まって試合に復帰し様子をみることになった場合、症状の再発に備えて選手交代を考えておくよう、チームの責任教師に伝えます。
2023、24年夏の選手権大会では熱中症疑いで痙攣などを引き起こす選手が数十人にのぼりました。プレー続行できなくなった選手が一度に3人も一塁側ベンチ裏にある処置室に搬送されてきたこともありました。

このように複数のアクシデントが同時に起きると、手当てに追われている医療スタッフから選手個々の症状を聞き取り、さらに救護室や病院に転送すべきかどうかなど、それぞれ判断しなければなりません。どう対処するかが決まれば、各校の責任教師をはじめ、チーム付担当、球場職員、警備員、大会本部にも報告しなければならず、福留さんは「かなり大変でした」と振り返ります。
「高校野球のあるべき姿を甲子園から発信」
甲子園大会では各チームの初戦後、ネット裏担当やチーム付担当の委員、審判委員、対戦チームが所属する都道府県連盟の理事長、審判部長らが集まり、ルール適用やマナー、試合進行上の問題点、気になった点などを振り返り、情報交換をします。
今春の選抜大会期間中には、審判委員がアウトと判定しているにもかかわらず、攻撃側の走者やコーチが「セーフ」と声を出して両手を横に広げる〝セルフ・ジャッジ〟が問題になりました。また、〝過度なパフォーマンス〟が問題になることもあります。

福留さんは「以前なら、高圧的なものの言い方で『ダメなものはダメ』とされていたかも知れません。しかし最近では、セルフ・ジャッジは審判委員に対して、過度なパフォーマンスは相手チームの選手に対して『リスペクト(尊敬の念)を欠いた行為だから、やめましょう』『スポーツパーソンシップに反する行為だから、やめましょう』と、きちんとした理由を述べて指導するように変わってきている」と言います。
そして、「甲子園大会に出場したチームの選手や指導者をはじめ、都道府県連盟の役員や審判委員たちも、もちろん私たち大会役員も、日本の高校野球のあるべき姿を甲子園から発信してほしい」と話します。
「甲子園は楽しい」と思ってもらうために
アルプス席で繰り広げられる応援は試合を大いに盛り上げ、各校の特色あるスタイルやブラスバンド演奏なども人気があり、注目を集めます。ただし、多いときには2,000人以上が詰めかける場所なので、安全に十分配慮しなければなりません。学校教育活動の一環であることを踏まえると、応援のやり方にも一定の規律が求められます。
応援を担当する委員は4人。キャップの松本清一さん(奈良)は「甲子園をぜひ楽しんでほしいと、私たちも願っています。同時に、事故やトラブルは避けたい。甲子園ならではのルールもあるので、よく周知されて守ってもらえるよう働きかけています」。

甲子園出場が決まった学校には「応援団の手引」という冊子が送付されます。「応援団責任者となる教職員2人の選定」「応援団の人数やバス台数、来場ルートなどを記す行動予定表の提出」「スタンドへの持ち込みや配布物」「応援での注意やマナー」「試合当日の応援の流れ」「けが人・体調不良者が出た場合」「写真・動画撮影」などについて詳細に書かれており、選手権大会では「熱中症予防のための臨時休憩所」の案内もあります。
各校の応援団責任者にはこの手引をよく読み込んでもらったうえで、選抜大会は開幕の約3週間前に、選手権大会は開幕の数日前に開く応援団責任者会議に出席してもらいます。この会議で松本さんらが詳しい説明をした後、応援団責任者からの質問や相談に答え、疑問点をなくすよう努めています。
生徒の安全・健康に配慮するのが最重要
試合当日は、対戦する両校の応援団責任者と応援担当の委員とで事前打ち合わせをします。エールの交換を行うかどうかを尋ねたり、横断幕の取り付け位置について説明したり。そして、この事前打ち合わせで最も強調するのが、安全面の配慮です。
「喜びのあまり、座席の上で跳んだりはねたり、大勢が1カ所に集まったりする行為は危険なので、しないように指導してください」
「演奏に集中しているブラスバンドの生徒たちにファウルボールが当たらないよう、グラブを持った野球部員らを配置してください」
「応援団旗を持つ生徒の立ち位置は、一般のお客さんの邪魔にならないように。風が強くなったら、旗を降ろすよう指示されることがあります」
「アルプス席下段にある扉は退場する時や非常時に開くので、付近に物を置かずに空けておいてください」
など、事故なく楽しく応援するために注意を促します。

試合が始まるころ、一塁側・三塁側それぞれのアルプス席に応援担当の委員が出向き、安全面への配慮がなされているかどうかを見て回ります。気になる点があれば、応援団責任者らと会話しながら、改善するよう促したり、質問や相談に答えたりします。
夏の選手権大会では、暑さ対策に関する指導や助言にも力を入れます。2023年夏に導入された5回終了時のクーリングタイムは、応援の生徒も休憩時間にあてて水分補給をしたり、体を冷やしたりするように指導します。24年夏にアルプス席近くにある応援団臨時休憩所の積極的な利用を促したところ、利用者数は23年夏の約500人から約5300人に急増。チアリーディングやブラスバンドの生徒らがローテーションを組んで休憩させるなど工夫している学校もあったといいます。

松本さんは「応援の生徒たちに『これはダメ、あれもダメ』と禁止する事が多いのを、心苦しく思います。それでも、応援団責任者の先生が帰り際、『甲子園を楽しめました』と言ってくれるのが、何よりもうれしい」と話します。
(撮影年の記載のない写真は2025年、第97回選抜大会で撮影)