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甲子園大会を支える本部委員 前編

選手らに寄り添い、スムーズな運営に尽力

甲子園大会の運営で重要な役割を担っているのが、夏の選手権大会では「本部委員」、春の選抜大会では「総務委員」と呼ばれる役員です。現在は22人おり、都道府県高校野球連盟の理事長などの経験者と、近畿地区の現職理事長ら大会運営のノウハウをよく知るメンバーで構成されています。「チーム付」「ネット裏」「応援」という3つの担当に分かれ、選手や応援の生徒たちのため、大会中、精力的に活動しています。甲子園大会を陰で支える本部委員(総務委員)の仕事ぶりを前編・後編にわたり紹介します。

選手に指示を出す石丸仁之さん(千葉)

「チーム付」担当の役割と本部委員制度の始まり

試合に臨む選手たちに懇切丁寧な説明

試合を終えた選手たちがグラウンドを引き揚げ、インタビュー会場に向かう通路の坂を上ってくる時、列の先頭を歩いているのが「チーム付」担当です。受け持つチームが球場に着いてから球場を離れるまでの5、6時間ずっと付き添うため、チーム付担当には人手が必要です。22人のうち、最も多い14人で対応しています。

球場入りするチームを先導する堀江隆さん

試合開始の約2時間前、選手を乗せたバスの到着を出迎えるところから、引率は始まります。ウォーミングアップを行う室内練習場へ入ると、「大会出場、おめでとう!」と声をかけ、自己紹介をします。選手や責任教師、監督らが親近感をもてるよう、担当者の出身県になるべく近いチームが割り振られます。その後、室内練習場の使い方に始まり、試合開始までのスケジュール、ベンチ入りする際や試合中の決まり事、注意事項を伝えます。とくに初戦の前には細部にわたって詳しく説明します。

「室内練習では投手がマウンドを使う場合のみスパイクを着用してもよい」

「捕手の防具やヘルメット、バットは審判委員らによる点検が済んでから使う」

「スポーツドリンクやミネラルウォーターのボトルにシールを貼り、各自の背番号を記入する。飲みかけのものを放置しない」

「試合後、速やかにベンチを明け渡す必要がある。用具・荷物出しの際は大変ごった返す。忘れ物をしがちなので、気をつけて」

など、注意事項は多岐にわたります。

チームを先導する元本部委員の宗像治さん(福島)=2023年、第105回選手権記念大会(朝日新聞社提供)

チーム付担当キャップの堀江隆さん(栃木)は「選手にとって甲子園出場は一生に一度あるかどうかの出来事です。甲子園独自のルールも多いので、よく出場するチームの責任教師であっても、色々と質問されることがあります。戸惑うことのないよう、試合で持てる力を十分発揮できるよう、丁寧な説明を心がけています」と話します。

練習補助員の役割・動きもきめ細かく指導

甲子園では、ベンチ入りする登録選手20人と記録員以外に、各チーム5人ずつ認められている練習補助員の役割も重要です。

5人はベンチ入りする際の用具運び、試合前のシートノックを手伝います。試合が始まると、うち3人はボールパーソンを務めます。他の2人はアルプス席に移動して応援団に加わり、試合が終わると再び入場し、用具運びなどを手伝います。チーム付担当は、補助員にそれぞれの動線、どこから出入りするのか、移動のタイミングなどをつかんでもらうため、関係者入り口や通路を案内します。ベンチ裏では、理学療法士らが控えていることや、備品の使い方などを伝えます。

練習補助員に説明する大久保雅生さん

チーム付担当の大久保雅生さん(滋賀)は、内野席とアルプス席の間にあるスペース「内野取り合い」にも補助員を連れていきます。球場の雰囲気を感じてもらうのと、前の試合のボールパーソンの動きを見て参考にしてもらうためだといい、「ボールパーソンはヘルメットをかぶるので、帽子を忘れがち。なくさないよう各自のバッグに入れておくように」と、きめ細かいアドバイスもしているそうです。

ボールパーソンを務める練習補助員を指導する元本部委員の田中信さん(埼玉)=2018年、第100回選手権記念大会(朝日新聞社提供)
大会前から情報の提供・共有に努める

決まり事、注意事項はたくさんあり、試合直前に説明するだけでは十分に理解してもらうことができないことが多く、4年ほど前、チーム付担当だった中川尚之さん(北海道)らがパワーポイントで説明資料を作成しました。

「試合当日の確認・徹底事項」

「試合当日の球場入り」

「室内練習」

「試合前・試合中」

「審判規則委員会より」

「試合後」

「取材・クーリングダウン」

など16項目の説明文を簡潔にまとめ、写真や図解も織り交ぜて読みやすくしました。

これを大会前の監督会議で配布しているほか、あらかじめデータでも送っています。各校ではミーティングの際にプロジェクターで映し出したり、選手たちが各自のタブレットに取り込んで読んだりすることもできます。特に夏の選手権大会は代表校が決まってから開幕するまでの期間が短いため、少しでも早くチームに知らせる必要があります。

ネット裏担当と連携をとる福留和年さん(左)

「ネット裏」担当キャップの福留和年さん(兵庫)は「チーム付の担当者だけでなく、ネット裏担当、応援担当とも情報共有ができ、委員間の連携もスムーズになりました。今春の選抜大会からは都道府県高野連にも送るようにしたので、それぞれの理事長から出場チームに指導してもらうこともできます」と話します。

阪神大震災を機に始まった本部委員制度

1995年1月17日に阪神大震災が起き、2カ月後に予定されていた第67回選抜大会の開催が危ぶまれました。阪神地域では不通となった道路や鉄道、損壊した施設や家屋の復旧作業が続いており、甲子園球場近くの応援団バス駐車場も使えない状態でした。

開催決定後、日本高校野球連盟は近畿2府4県の高校野球連盟に働きかけ、理事長や役員らに出場校のサポートを頼みました。これが現在まで続く本部委員制度の始まりでした。

試合前ノックの様子を見守る(左から)髙津亮さん(和歌山)、大久保雅生さん、渡辺学さん(青森)

復旧作業の妨げにならないよう、チームはそれぞれの宿舎からバスを使わず、公共交通機関で甲子園球場入りすることとなり、理事長らがチームを引率しました。宿舎最寄りの駅から電車を乗り継いで阪神甲子園駅へ、そして歩いて球場入り。宿舎へ帰るときも同行しました。全国からの出場校は周辺の地理に不慣れなことも多く、「スムーズに来られた」「安心だった」といった声が聞かれました。

好評だったことから、同年夏の第77回全国選手権大会でも同じように近畿地区の理事長らがサポートしました。

全国各地から支援者・協力者が集まる

本部委員制度が始まった当初、メンバーは近畿地区の理事長らが中心でした。1998年に日本で初めて開催された第3回アジアAAA野球選手権大会(現在のU18アジア野球選手権)ではより多くのサポートが必要になったことから、近畿地区以外の都道府県連盟の会長、理事長経験者らにも呼びかけ、出場チームをサポートしてもらいました。こうして、全国各地から甲子園大会運営の支援者・協力者が集まるという体制が整っていきました。

日本高野連の井本亘・事務局長は「制度が導入された主な理由は、宿舎出発から球場入り、退場するまでの間、各チームに様々なサポートをすることで、選手たちが何の迷いもなく、試合に全力で臨めるようにすることでした。チーム付担当が行っている業務が、本部委員・総務委員の基本だと言えます」。

選手に指示を出す本部委員

さらに「ネット裏担当は審判委員や球場係員、警備員、医師、理学療法士らともよく連携して、安全面や健康面からも選手たちをサポートしてくれています。また、応援担当を専属で設けているのは、アルプス席での応援がトラブルなく行われ、より多くの皆さんに甲子園球場に来て良かったと思ってもらいたいからです。各担当の先生方には、懇切丁寧に対応してもらい、感謝しています」と話します。
(撮影年の記載のない写真は2025年、第97回選抜大会で撮影)

→後編「『ネット裏』『応援』担当の役割」に続く

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