2025年12月5日に開催した理事会で、今年1月から11月までの間、計10回にわたって実施した「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」での議論の結果が報告されました。
検討会議は、2024年度に開催した「高校野球7イニング制に関するワーキンググループ」で指摘された諸課題および7イニング制について話し合うために設置されました。
検討会議からの報告を受け、今後、理事会で7イニング制導入の是非について継続して議論していくことになりました。
諸課題検討会議の過程において、本連盟サイトでアンケート調査を実施いたしました。
ご協力いただいた方々に心より御礼を申し上げます。
「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」最終報告書の内容は以下の通り(抜粋)
高校野球が目指すもの
本会議の審議は、以下の内容を前提として行った。
日本高等学校野球連盟は、日本学生野球憲章(基本原理)、スポーツ基本法(基本理念)のもと、高校野球の更なる発展を目指し、成長期である部員の健康を守ることならびに高校野球に関わる全ての人々が安全に、安心して関与することができる対策を積極的に推進していく。
学生野球は、教育を受ける権利を実現すべき学校教育の一環として位置づけられ(日本学生野球憲章前文)、部員の健康を維持・増進させる施策を奨励・支援し、スポーツ障害予防への取り組みを推進する。(同第2条⑦)
高校野球は学校教育活動の一環である部活動として行うものであり、生徒の学業の妨げにならないという前提のうえで、全国大会開催にあたっては長期休業中に行うべきであると考える。
また、全国高等学校野球選手権大会および選抜高等学校野球大会は1924(大正13)年8月の甲子園球場開場以来、100年以上にわたって同球場を会場としてきた。甲子園は「聖地」とも呼ばれ、高校野球そのものを指す代名詞にもなっているのみならず、他の文化的活動、イベントなどでも「〇〇甲子園」といった呼称が広く浸透している。歴史的、社会的な見地から、今後も甲子園球場において両大会を開催することが望ましい。
「7イニング制等高校野球の諸課題検討会議」の概要
設置目的
部員の健康対策(障害予防・熱中症対策)、教職員の働き方改革、気候変動など、高校野球を取り巻く状況に対応するため、7イニング制や「高校野球7イニング制に関するワーキンググループ(以下「WG」)」から指摘された諸課題について検討し、2025年12月の理事会までに対応策をまとめる。実施可能な対応策については、適時、理事会に提案していく。
ワーキンググループで指摘された課題
2024年4月25日第1回理事会において、高校野球における7イニング制を検討するため、「高校野球7イニング制に関するWG」が設置された。4回の会合において、7イニング制のメリット・デメリット、世界情勢、イニングの歴史的経緯などの情報が整理され、同年12月6日第6回理事会へ報告された。
WGにおいて挙げられた主な課題や意見は以下の通り。
- ・昨今、野球部員数が減少傾向にある中、加盟校間で部員数の差が顕著にあらわれており、部員不足による連合チームも増加している。
- ・高校野球が直面している課題(教員の働き方改革、部員の健康対策・熱中症ならびに障害予防)や社会全体が直面している課題 (少子高齢化およびそれに伴う過疎化、都市部と都市部以外の差)に対して、高校野球の今後の更なる発展を見据えて議論することが必要。
- ・「甲子園球場で全国大会を継続していく」ということを前提として、「都道府県大会(春・秋大会・選手権地方大会」が今後どのようにあるべきか」という視点が必要。
- ・日本学生野球憲章(学生野球の基本原理)、スポーツ基本法(基本理念)の原理、理念を念頭にして、成長期である部員が、安全に安心して野球に取り組むための対策を講じる。
- ・7イニング制を考察するうえで熱中症対策は重要なテーマだが、数ある課題の一つである。一方で、熱中症対策は差し迫った喫緊の課題である。
- ・高校野球関係者は、社会全体で夏季の熱中症リスクが叫ばれる中、夏季に大会を開催することが高校野球関係者以外(社会)からどのように映るのかを自ら認識する必要がある。
- ・普段の練習や公式戦開催に伴い、選手・部員・応援生徒・審判員・観客の重大事故が発生してから、あるいは国や自治体からの指示を受けてから議論をスタートするのではなく、高校野球関係者が自主自律の姿勢で議論していかなければならない。
- ・危機管理の面から、最悪なのは「何も対策を講じない」ということ。何もせず、大会に関わる選手、役員、審判員、応援する生徒、観客の中から重大事故が発生した場合、誰がどのような責任を負うのかを肝に銘じるべき。
課題等に対する議論結果
WGから示された課題等について、3種に分別し本会議では以下の結論とした。
(1)部員、加盟校に関わる課題
①部員数の減少
少子化の影響を受け、加盟校の中では部員の二極化(部員数が多い加盟校と部員数が少ない加盟校の差が表れている)が進んでおり、高校野球では全体として部員数の減少が続いている。また、部員不足の連合チームで試合へ出場する加盟校が増加傾向にある。
7イニング制を採用することにより、少数の部員で大会参加する出場校や連合チームで大会へ参加する出場校でも、試合後半に発生しやすい熱中症へのリスクを低減することが可能となり安全に大会へ参加することができる。
また、7イニング制を採用することにより、日々の活動時間・休日の練習や練習試合の時間に変化が生まれ、高校野球に取り組み易くなり、部員数が減少傾向にある中、普及に資する効果も期待できる。
②部員の健康対策(障害予防)
高校野球では、これまで部員の健康を維持・増進させる施策に対して、積極的に取り組んできた。とりわけ、投手の障害予防に関しては、過去に投球過多が原因となり、投手生命を奪われる事例が発生したという苦い経験をもとに日本高等学校野球連盟では、投手の障害予防対策へ積極的に施策を講じてきた。
(最近では、1週間500球以内の投球数の制限を高校野球特別規則に制定したことや低反発の金属製バット採用)
一方で、投球数制限導入後も全国大会で活躍した投手が、その後の高校野球生活において、投球過多に伴い、障害を負い手術を余儀なくされた事例も発生している点は見逃すことはできない。
過去の全国大会のデータから、9イニング制から7イニング制へ変更した場合、試合時間は約2時間から約1時間30分に約30分短縮し、投球数は約130球から約100球に約30球減少することが予測されたが、7イニング制で実施した今年の国民スポーツ大会でこの予測が実現されている結果を得た。
このため、投手の障害予防に関して、7イニング制は有効であるとした。
また、当連盟・医科学委員であるスポーツ医学の専門家は以下の通りコメントした。
「1週間500球の投球制限はエビデンスをもとに投手の障害予防に対して投球制限の有効性があると結論づけた。しかし、一方で、投手の投球数を1週間500球にすれば怪我がゼロになるかと言えばそうではない。スポーツ外傷・障害の発生は野球ではゼロリスクではなく、米国メジャー、マイナーリーグの7600試合での報告では試合時間が250分(4時間10分)までは試合時間が長くなるほど外傷・障害発生率が高くなるとの報告があり(Chalmers PN, AJSM 2022)、9イニング制から7イニング制にすることにより、試合時間は短くなり、投手投球数が減少することからスポーツ外傷・障害の試合毎の発生率は低減し、投手の腕肩の疲労感の発生も低減することが期待できる」
さらに本会議では、野球以外の他スポーツの試合時間について比較した。全ての競技ではないが、高校生と成人を比して、試合時間が短い競技も見受けられた。
(2)社会に関わる課題
①熱中症リスク
夏の暑さは厳しさを増しており、猛暑日が増加し、熱中症へのリスクが高まっていることは論をまたない。
昨年のWGならびに本会議では都道府県高等学校野球連盟が全国高等学校野球選手権大会(地方大会)において、大会日程の延長や試合数などを工夫し、グラウンドならびにスタンドでも熱中症対策に取り組んでいることが報告された。
また、全国高等学校野球選手権大会においても、主催者である日本高等学校野球連盟と朝日新聞社は会場となる甲子園球場とも連携し、医師、理学療法士の助言を受け、選手、審判委員、観客などに出来得る限りの対策を講じていることが報告された。
全国大会の試合はテレビ放送ならびにネット配信を通じて、国内外を問わず、試合の様子が発信される。たとえ、重大事故に繋がらなかったとしても、グラウンド上で足が攣り、痙攣を患う選手が頻繁に映ることが、社会に与える影響を高校野球関係者は認識する必要がある。
また、上述のスポーツ医学専門家は高校野球での7イニング制に関して、医学的見地から以下のコメントをしている。
「高校野球における7イニング制への取り組みは、7イニング制が定量的に部員の健康リスクを低減させるかという明確なエビデンスが存在する訳ではないが、9イニング制より7イニング制の方が部員、観客、大会を支える関係者の健康への安全域を拡げるという意味で有効と言える」
スポーツ庁第3期スポーツ基本計画では、スポーツ全体の方向性として競技団体が「する」、「見る」、「支える」の人たち、全てのステークホルダーを対象に競技全体を見渡したうえで、その競技の発展に取り組むことが求められているとしており、高校野球に携わる全ての人々が安全に関与できる施策を推進するうえで、7イニング制は有効とした。
②働き方改革
教員の長時間労働を改善し、働き方を変えていくことが社会で叫ばれるようになって久しい。
2023年に日本高等学校野球連盟と朝日新聞社が実施した加盟校(硬式)を対象とした実態調査では、監督の職業は92.9%が教諭、講師など教員、3.0%が学校の事務職員である。
各都道府県高等学校野球連盟の役員の多くが加盟校の教員であり、大会の運営の中心を担っているのが現実である。
7イニング制の採用で試合時間が短縮されることが予測され、大会運営を担う都道府県高等学校野球連盟役員ならびに加盟校指導者の負担軽減が期待できる。また、練習試合の時間短縮により、休日の拘束時間の減少が期待できる。
③社会の中の高校野球
高校野球は全国大会の様子がテレビやインターネットを通じて、日本国内のみならず世界へ中継、配信され、多くの方々の注目を集めている。高校野球は高等学校の部活動という立ち位置を見失うことはあってはならない一方で、日本社会の全体の中の高校野球という点も重要視しなければならない。
高校野球の課題を高校野球関係者のみの内輪の論理で議論することに対して、危険性が潜むことを高校野球関係者は認識しなければならない。
熱中症リスクや働き方改革が社会的課題とされていることを理解したうえで、未来の発展を目指し、課題解決へ向けて自ら変化していくというメッセージを込めるという点でも7イニング制の採用は有効である。
(3)組織的意義
日本学生野球憲章第2条⑧号では「学生野球は、国、地方自治体または営利団体から独立した組織による管理・運営を理念とする。」と明記されている。
これは、学生野球が戦前、所謂「野球統制令」で国、行政の管理下に置かれた苦い経験から、自省を込めて、学生野球としての自主自律の決意の表明である。
大会を通じて、運営を担う役員の過労や熱中症での重大事故が発生してから改善策を講じるということではなく、自ら課題を察知し、高校野球のさらなる発展へ向けて、自ら変化していくことが結果的に高校野球の自主自律に繋がることになり、学生野球が目指す理念のうえでも7イニング制への取り組みは意義がある。
検討会議によって実施が決まった施策
WGでは、7イニング制のメリット・デメリットを考察する過程で、施策案が提示された。本会議では、7イニング制の議論と並行して、以下について議論し、実施を決めた。
- (1)
- 国民スポーツ大会での7イニング制
- (2)
- 指名打者制度の採用
- (3)
- 試合前ノックの時間短縮と実施の選択制
その他議論された施策
WGから提示された7イニング制と並行した施策案のうち、以下についての実施が見送られた。
- (1)
- 投手の臨時代走
- (2)
- 全国大会での得点差コールドゲーム
総括
7イニング制の採用は、日本高等学校野球連盟が現在、未来にわたり、取り組むべき課題を完全に解決する訳ではないが、課題解決ならびに改善を目指すうえで極めて有効であると本会議では結論づけた。
ただし、7イニング制採用について様々な懸念や、まだ議論していない課題や検討事項があることを理由に賛成できないとする意見もあったことを申し添える。
また、速やかに全ての公式戦で7イニング制を採用すべきではあるが、現下の状況は加盟校や高校野球を支えるファンらのアンケート結果を見ると、その意図や有効性が十分に伝わっているとは言い難い。
現在加盟校で活動する部員達は、高校野球は9イニング制という前提で入学しており、部員達の心情を考慮すると、全ての公式戦での7イニング制の採用は移行期間を設ける必要があるとの声もあり、全ての公式戦での7イニング制採用は、現在の中学3年生が高校3年生となる2028年の第100回記念選抜高等学校野球大会ならびに各都道府県高等学校野球連盟の春季大会から採用することが望ましいとした。
さらに2028年までに、加盟校や高校野球ファンに対して、7イニング制を採用する意図や有効性について説明を尽くし、広く周知することを求める。
しかしながら、高校野球が直面する差し迫った課題の一つに、年々厳しさを増す全国高等学校野球選手権大会における熱中症対策があり、酷暑への対策は待ったなしの状況である。したがって、全国高等学校野球選手権大会においては、地方大会を含め可及的速やかに7イニング制の採用が望まれるとした。
この検討結果について、理事会で早急に議論し、結論を出していただきたい。
今後の施策について
7イニング制を採用した場合、試合時間が短縮されることが予測され、大会運営や日程編成がこれまでより柔軟になることが見込まれる。7イニング制採用は現在内在する課題解決に対する好機と捉え、さらなる高校野球の発展のため、日本高等学校野球連盟でしかるべき会議体において継続的に議論し、対応していくことを望む。
また、高校野球での7イニング制採用への反対理由の一つに部員の出場機会の減少がある。これについては、指名打者制度の採用は対策の一つではあるが、そのほかにも可能な限り対応していく必要があると考える。
さらに、7イニング制採用を契機として、高校野球のさらなる価値向上につながるような施策に取り組むことを日本高等学校野球連盟に期待する。勝敗や野球技術の優劣だけでなく、生徒達が主体的に取り組み、成長する場の創造、安全・安心・平和で民主的な社会づくりや地域社会の発展に貢献する人材の育成を目指し、それらを実現するような新たな施策について、連盟の然るべき委員会において検討を重ねていくことを要望する。
本会議においては、これらの新たな施策への検討案として、選抜高等学校野球大会の出場校枠増加、公式戦スケジュールの見直し、1校から複数チームの公式戦参加、リエントリー制度、DP(指名選手)制度、選手間交流の活性化、女子部員の活動の奨励などが挙げられた。